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1.落下物 早朝サイクリングは第2中継点、つまり光陽園駅前にて終わりを告げる。 実はここまでも結構な上り坂で、ハルヒを乗せて自転車を漕ぐ俺はかなり必死だ。 ハルヒは俺を馬くらいに思ってるのか、「もっと早く漕ぎなさい!」なんて命令しやがる。 それでも毎日律儀に迎えに行っている俺って何なんだろうね。 駅前駐輪場に自転車を停め、そこからはハイキングだ。 いつも通り、ハルヒと他愛もない話をしながら坂を上る。 話題もいつも通りだ。 朝比奈さんのコスプレ衣装、週末の探索の話、SOS団の今後の活動予定、 何故宇宙人が現れないのか、未来人はタイムマシンを発明したのか、超能力ってのは具体的にどういう能力か。 そんなハルヒの話をもっぱら聞き役時々突っ込み役に徹して朝の時間を過ごす。 後半の3つの問題については、むしろ俺の方が語れることが多ってことはもちろん秘密だ。 朝比奈さんの卒業が控えているにもかかわらず、その話題は出さない。 おそらく、不安とか悲しみとかを意識的に避けているのだろう。 いつかは直面しなくてはならないんだけどな。 話はいつも文芸部室まで持ち込んで、教室に移動して朝のHRが始まるまで続く。 同じテーマの話題なのに、毎回違う話が出来るってのは一種の才能だな。 芸人にでもなればいい。俺は笑えんが。 まあでも、そんなハルヒを眺めながら過ごす朝の時間ってのも悪くはないさ。 今日もそんないつも通りの朝だと思っていたのだが── とんでもないことが起こりやがった。 学校に到着して、中庭を歩いているときだった。 正面に見えるのは隣接した中学校で、その向こうは山だ。 住宅開発もここまでだったらしい。つくづくなんて学校に通っているんだ。 その正面に見える山の上に、なにやら光る物体が見えた。 いくら早朝だからって、もう7時にもなるので外はそれなりに明るい。 星が見えるって時間帯ではない。この季節は明けの明星が見えるのか? 何だ? 超新星爆発か!? そう思っている間に、その物体は輝度を増し、あっという間に山の中に姿を消した。 ドォーーーーーン 遠くの方でそんな音が響いた気がした。 突然、しかもあっという間のことにしばらく呆気にとられていた俺は、ハルヒの声で正気に戻った。 「キョン!! 今の見た!? 何なのかしら!!」 100Wの笑顔を俺に向けて聞いてくる。まだ頭が回らずにいた俺は 「わからん」としか言いようがない。 「そうよ、UFOよ!! それしかないわ!! きっと裏山に墜落したのよ!!」 ちょっと待て! UFOだって? そんなわけあるか!! 「キョンも見たでしょ! 間違いないわよ! きっと侵略者ね。運転誤って墜落したのよ!」 UFOの操縦を運転と言うのかどうかという突っ込みはおいといて、とりあえず落ち着け! 「探しに行くわよ!! こんなチャンスは滅多にないんだから!!」 「おい、学校だろ!」 「そんなのどうでもいいわよ! いいからキョンも行く!!」 俺の手を強引に引いて歩き出すハルヒを、俺は何とかとどめた。 「あんな山に行くなら鞄が邪魔だ。登山道もないんだぞ。とりあえず部室に行こう」 果たしてあれがUFOだったのか何だったのか、俺にはさっぱり分からない。 UFOの可能性もある。いや、高い。なんせハルヒだからな。 ハルヒがそろそろ普通の毎日に飽きて何かしやがった可能性がある。 でなきゃあんな近くに落ちるか? しかも、運良く人家のないところだ。出来すぎてる。 何とか長門に連絡できないか? しかしハルヒの目の前では出来ない。 俺が思案していると、ハルヒに怒鳴られた。 「こらぁ! ボサッとしてない! 宇宙人が逃げて行くかもしれないじゃない!」 UFOだったとして、あの速度で落下して宇宙人が無事だとは思えないのだが。 「宇宙人なんだから助かる技術くらいあるでしょ! いいからサッサと行く!!」 部室に行くことだけは何とか同意してくれたハルヒは、俺のネクタイを掴むと走り出した。 何とか鞄を部室に置くことが出来た俺たちは、裏山探検隊を結成することになった。 隊長:涼宮ハルヒ 隊員:俺 以上。 ……無事に帰ることを祈っていてくれ。 「バカ言ってないで、張り切って行くわよ!!!」 ハルヒは部室でご丁寧にも「隊長」と書いた腕章を用意すると直ぐに飛び出して行った。 せめてSOS団が揃ってからにして欲しかったよ。やれやれ。 俺たちが見たのは『山に落ちた』という事実だけだ。 むやみに山に入って見つけられる訳もない。 歩き回っても見つからずそのうち諦めるさ、と思っていた。 いや、見つからないでくれと祈ってさえいた。 しかし、あれだけ派手に落ちたのに誰も騒いでないのは何故だろう。 これこそ、ハルヒの力かもしれない。 自分が第一発見者じゃなきゃ気が済まないだろうからな。 足場の悪い山道──いや、道ですらないな──を上っていく。 下草も刈っておらず、木の枝を避けながら歩くのは非常に骨が折れた。 そんな道を、ハルヒは物ともせずにずんずん進んでいく。 いつぞやの朝比奈さん(みちる)との登山とは大違いだな。 ハルヒなら、ずり落ちて俺が支えてやる何てことは逆立ちして登ったってないだろう。 いや、さすがのハルヒも逆立ちして登山なんて無理か。 「おっかしいわね。UFOが墜落したなら煙くらい上がってても良さそうなんだけど……」 そんなことをブツブツ言いながらも、ハルヒの表情は生き生きとしている。 爛々と輝かせた瞳には、全宇宙の星を内包しているかというくらいだ。 そんなハルヒの横顔を見ながら登山していると 「うわっ」 見事に足を滑らせた。 「あんたなにやってんのよ!」 ハルヒは俺をどやしつけながらもケラケラと笑っていた。 俺の醜態を見てそんないい笑顔するなよ。 あー 制服が泥だらけだぜ、畜生。 しかし、そんなハルヒを見ていると、さっきからの疑念が膨らんで行く。 本当にUFOなのか? お前がやったのか? ハルヒ。 しばらく歩いた後、ありがたいことに前半の疑念は晴れることとなった。 目の前が少し開けた。そんなに広くはない。 その真ん中に、直径2m程のくぼみが出来ていた。木の枝が散乱している。 掘り返されたような土肌は新しい。 そして、そのくぼみの真ん中に、明らかに周りの地質とは異なる黒い石が落ちていた。 「何これ?」 不思議そうな顔をしてハルヒが呟いた。 「おそらく、隕石だ」 果たして、人間が隕石の落下を目撃し、それを発見してしまう確率ってのは一体どれくらいのもんだろう。 宝くじ1等当たるより低い気がするぞ。 UFOの墜落を見る確率よりは高いだろうが。 俺は1つ溜息をつく。ここでいきなり第三種接近遭遇なんてことにならなくて良かった。 どっちが捕獲されるかはわからんが、下手すりゃ第四種だ。ハルヒなら捕獲しそうだな。 俺はすでに第三種接近遭遇は済ましてるけどな。 UFOは見ていないが。 宇宙人に殺されかけたのは、さて第何種と言っていいんだろうな。 ハルヒはクレーターの真ん中に近づくと、地面に半分埋まった黒い石を眺めた。 「隕石かぁ。実は小さいUFOってことはないかしら?」 しかしどう見ても石だった。 「でもこれも凄い発見よね! もしかしたら石じゃなくて地球外生命体の秘密の道具か何かかもよ!」 ドラ○もんかよ、じゃなくてしまった! そっちの可能性があったか! 普通なら寝言は寝て言えと片づけられる発言も、ハルヒが言うとシャレにならん。 やはり長門に連絡を取ってみるかと考えていると、ハルヒは無防備にその石を手に取った。 「おい! むやみに触るな!」 声をかけるのが遅かった。 ハルヒがその石を拾って立ち上がったとたん── その場に倒れた。 「おい! ハルヒ!! しっかりしろ!!!!」 何があった? いくら呼んでも目を開けない。 ハルヒを抱き起こして揺さぶってみる。 さっきまであんなに元気だったのに? ハルヒに何が起こった? 頼む、目を開けてくれ! すまん。先に気付くべきだった。 今回のことはハルヒ絡みか、さもなければ宇宙人絡みか。 何かある、とうすうす気がついていたのに、俺はハルヒを止めなかった。 「ハルヒ……!」 気がつくと、俺はハルヒを抱きしめていた。 畜生、本当に何が起こった。 いや、落ち着け。 原因は十中八九あれだ。あの隕石。 だったら俺にはどうしようもない。助けを呼ばなくては。 ようやく長門に電話することを思い出した。 『……』 いつもの無言で出てくれた。 「もしもし! 長門! 助けてくれ!」 相変わらず無言だが、構わずに続ける。 「今学校の裏山にいる。隕石が落ちたらしくてハルヒと捜していた」 『午前7時4分、地球の重力にとらえられた落下物を確認』 「その隕石をハルヒが触ったとたんに倒れちまった。意識が戻らねぇ」 『……そちらに行って確認する。待っていて』 電話は一方的に切れた。 と思ったら、長門がいた。 「長門!? どうやって来た!?」 聞いても俺に分かる答えが返ってくるはずもないのだが、一種の瞬間移動らしい。 量子変換がどうたらと言っていた気がするが、すまん。さっぱりわからん。 本当に何でもありだな。時間も凍結出来るこいつだ、空間移動なんて朝飯前だろう。 その長門はしばらくハルヒをじっと眺めた後、ハルヒの手にある隕石を眺めていた。 何とかその表情を読み取ろうとして、俺は不安になった。長門が1ミリほど顔をしかめた気がした。 「緊急事態」 その一言で、俺は目の前が真っ暗になった気がした。 「しっかりして」 長門の声で我に返る。 「涼宮ハルヒを学校へ。部室に行く」 いつになく緊迫した声で──と言っても俺にしか解らないだろうが──俺に言った。 「わかった」 どのみち俺に出来ることはない。 ハルヒを背負うと歩きにくい山道をそろそろと下りていった。 今思うと長門に任せた方が早く下りられたのだが、俺はハルヒを誰かに任す気にはなれなかった。 長門は誰かに電話をしていた。おそらく古泉と朝比奈さんだろう。 学校に着くと、校門で古泉と朝比奈さんが待っていた。 登校中の生徒も多く見られるが、気にしちゃいられない。 「直ぐに救急車とタクシーが来ます。部室ではなく病院に行きましょう」 そう言ったとたん、救急車とタクシーが現れた。どこかで待機していたのかもしれない。 ストレッチャーにハルヒを乗せ、俺も付き添いで救急車に乗り込んだ。 救急隊員は、やはりというか多丸兄弟だった。 「ハルヒ……」 手を握っても、握り返されることはない。 早く長門の説明を聞きたかったが、ハルヒの側を離れたくなかった。 おそらく古泉と朝比奈さんは、タクシーの中で状況を説明されているだろう。 やがて救急車は見覚えのある病院に着いた。これは予想の内だった。 『機関』なら、ハルヒに対しては出来る限りのことをするだろう。 驚いたことに、ハルヒは医師の診察を受けず、直ぐに病室へと運ばれた。 「診察はしないんですか?」 側にいた多丸(兄)さんに聞くと、そういう指示だと言う。 不思議に思っていると、長門が来て言った。 「診察は無意味。涼宮ハルヒは病気ではない」 2.レトロウイルスへ
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いったい何が起こったんだろう。 あたしには分からなかった。 月曜朝のHR。あいつはいつもギリギリに近い時間で、けど少しだけゆとりある時間で教室に入ってくるはずなのに…… 岡部教諭が入ってきてもまだあいつは現れなかった。ただ岡部教諭だけは事態を飲み込んでいたみたい。 「えー、――くんだが家の都合で今日は欠席する」 少しだけざわつく教室。 この『――』部分はあいつの本名。と言っても、あたしは別の呼び方をしてるけど。 欠席……? この言葉に正直言って違和感を感じた。 だって体調不良なら『病欠』って言うはずだし、残念ながらあたしたちSOS団はインターハイとは無縁だから部活関連で休むなんてあり得ない。 家の都合にしたって、あたしは何も聞いていないし、一昨日もそんな話をあいつはしていなかった。 どういうこと? あたしはこのときはまだ事の重大さに気が付いていなかったし、もちろん漠然とも感じていなかった。 でもね。 結果から言えば、あたしは後々激しく後悔した。そしてその後悔は思ったより早くあたしを包み込んだものだから後悔が絶望に変わるまでの時間はそんなに長くはかからなかった―― 涼宮ハルヒの切望Ⅰ―side H― その日、あたしはどうにも前の席が気になった。 ん? もしキョンがいないから寂しかった、なんて想像したならお門違いよ。 そもそもあいつのことだから今日は欠席しても、明日、何食わぬ顔でひょっこり現れるだろうし、家の都合なら親戚に不幸があったのかも知んないし、ならそっとしておいてやる方が当然よね。 というか、今はあたし自身があいつの顔を見たいと思わない。 なら、今日のこれは好都合ってもんよ! 「あのぉ……涼宮さん……今日、キョンくんは……?」 「家の都合で欠席」 どこかおどおど問いかけてきたみくるちゃんに、棒読み口調で即答のあたし。 「家の都合、ですか?」 「そうよ。親戚に不幸でもあったんじゃない?」 第二の問いかけはいつもは目の前にキョンが居てボードゲームに勤しんでいる古泉くん。 もちろん、彼の問いにも予想を交えて即答。 「……まだ怒ってる?」 って、有希! 何そのいつもは無表情なのに今日ばかりは妙に哀れんだ瞳は! そもそも何でSOS団全員がヒラで雑用のあいつが気になるのよ! 「――SOS団全員ということは涼宮さんも気にしておられるということですか?」 じろ 「これは出過ぎたマネでした。ですが、一昨日、あんなことがあったというのに彼のことを心配なされている姿に僕は感動したものでして」 苦笑を浮かべて古泉くんが続けてきた。 ふむ。そう言われると悪い気はしないわね。 え? 土曜に何があったかって? んなこと聞いてどうするのよ! また蒸し返して怒りがこみ上げてくるだけだわ! まったくキョンと来たら、集合場所に一番遅れるだけならともかく、あたしに無断で他の女と一緒に駅に来るなんてどういうつもりかしら! しかもよ! 「仕方ないだろ。今日一日預かることになったんだ。けどまさか他人の家に一人で留守番させるわけにはいかないだろ。今日だけ同伴で頼むぜ」なんて言うのはまあ器量の広い団長なんだから認めてあげないこともないけど、それにしたって何であんなに仲睦じいわけ!? 「あのー涼宮さん?」 「何よ!」 「いえ……なんでもありません……」 みくるちゃんが何か聞いてきたけどどうでもいいわ! む~~~~~~~~思い出すだけで腹が立つ! 「涼宮さん、彼の言葉を信じてあげてもよろしいのではないかと」 「どういう意味よ! まさか古泉くんもキョンのあんなたわごと信じてるわけ!」 「いやまあ……確かに僕も初めて本人を目にしては、とても信じられるものではありませんでしたが……」 古泉くんがごにょごにょ引き下がる。 キョンが連れてきた女の子がどんな子ですかって? ふん! キョンは小学六年生、もうすぐ十二歳の十一歳とか言ってたけど絶対嘘よ! 可愛らしいのはまあおいとくとしても、あんな発育のいい小学六年生がいるわけないじゃない! はっきり言って、あ……じゃなくて! 有希といい勝負なんだから! あ、何で今言い直したんだって思わなかった? ……否定はしないわ……だって、それくらい発育良かったし…… って、何暗くなってんのよあたしは!? などと思いつつ、今日は苛立ったままで一日が過ぎてしまった。 うん。寝る前に牛乳をたくさん飲もう。たぶん、カルシウムが足りないんだ今のあたしは。 間違ってもあの女の子に負けないためじゃないわよ。 そこんとこ誤解しないように! 涼宮ハルヒの切望Ⅱ―side H― 涼宮ハルヒの切望Ⅰ―side K―
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涼宮ハルヒのリフォーム その5から 「やれやれ、見覚えのある顔だぞ。今日は、執事のコスプレは? 忘れてきたのか?」 「あまり感心しませんな。住居侵入に対して、少々やりすぎでは?」 「わるいな、臆病なんでな。長い間、空家で忍び込み放題だったこの家に、昨日の今日ってタイミングで、真夜中の住居侵入だ。どう考えたって、どれかの意味で、関係者だろ?」 「なるほど。しかし地縛霊の類も考えられますな」 「実家は神職もやっててな、お祓いは門前の小僧だ」 「長い間、戦争を生業にしてきましたが、エトランジェ(フランス外人部隊)に入って、アルジェリアに着いた途端、『人殺しは嫌いだから一抜けた』と言った方は、後にも先にもあなただけでしたな」 「反省してる。旅費を浮かそうとせこい思いつきだったんだが、悪いことをしたな。誰だって好きでやってる訳じゃねえのに。若気の至りだ」 「その後、私の記憶が確かなら、『ああ、無茶なことを言ってるのはわかってる。そこでだ、ここにはグリーン・ベレーみたいに決闘で決着付けるって風習はないのか?』とおっしゃいました」 「対戦相手に同じイエロー(黄色人種)のあんたが選ばれたんだったな。これまた、悪いことをした」 「いやいや、私も若気の至り。それ以上後ろに下がれぬよう、後ろ足のかかとにナイフの刃をあてて、殴りあいでしたな」 「あんなの、マンガでしか見たことないぞ。後にも先にも」 「自分の命もかかっていましたから、なぶり殺すつもりで闘ったのですが。おかしなことを言う奴だと思ったのでしょう。少々あなたを甘く見ていました。自業自得です」 「ふん、俺の口上が気に入ったんで、勝ちを譲ってくれたんだと思ってたんだがな」 「さて、どうでしたか。しかし、新兵も猛者どももあなたの勝ちに納得していました」 「俺のギャグのセンスは、受け手が限定されるんだ」 「あの時『負け』を知ったおかげで、どうにか今日まで生き残ってこれました。あなたには感謝すべきでしょうな」 「提案がある。俺の方はあんたをまんまと逃がしたバカ親父になる用意があるが。こっちの交換条件は、一人娘の健やかな成長だ。ばれない方がいいんだろ?」 「そういうことだろうと踏んで、こちらに降りてきました。その話に乗るしかないでしょうな」 「やれやれ、バカ娘だ。早過ぎるぞ」 「では、目を閉じててください」 「親父、あいつは? 今の何?」 「勝って油断した。今の閃光だ。逃げられたみたいだな」 「動きが速くてよく分からなかったけど、どっかで見たような気がするのよね」 「他人の空似だろ、多分。おれも昔、ミック・ジャガーに間違われたことがある」 「いつ、どこでの話よ!」 「ケロロ軍曹にも間違われたこともあるが」 「いつ、だれによ?」 「新川、派手にやったな」 「少々派手過ぎましたかな?」 「自覚あったのか。ひょっとして、そういうのが好きなのかと思ったぞ」 「嫌いではないようです」 「涼宮ハルヒの父親は大丈夫なのか?」 「社会規範はともかく、個人の約束と信頼は守る男です」 「今、闘っても勝てないのか?」 「さて、どうでしょう?。私の方も経験を積みましたが、今の彼には《守るべきもの》がありますから。そして、我々の正体を涼宮ハルヒに教えないことも、彼の《守るべきもの》には含まれているようですな」 「彼と同じ、ということか……帰るぞ」
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3.役割 イライラするような、それでいて情けないような気持ちで1日の授業を終えた俺は、部室にハルヒの鞄を取りに行った。 どうせこれから1週間、SOS団は休業だ。団長不在だし、長門と古泉は学校自体を休んでいる。 朝比奈さんは登校するだろうが、部室によるくらいならまだハルヒの病室でメイド服を着るだろう。 あの優しいお方ならそうするさ。 受験生だと言うのに、冬のこの時期に毎日部室に通ってくださっているくらいだしな。 さすがにほとんど勉強しているけど。 朝比奈さんは今のところ、卒業後も時間駐在員としてとどまると言っていた。 朝比奈さん(小)が朝比奈さん(大)になるまでに、本人にはどれくらいの時間が過ぎているんだろうね。 そう思いながら部室の扉を開けた。 「キョンくん」 そこにいたのはまさに今俺が考えていた、かつての部室専属メイドであったお方だった。 ちょっと予想外だった。今回の事件に、未来的な事柄は絡んでいない。 何故朝比奈さん(大)がここに? 「少し久しぶり、かな? 私にとってはそんな前じゃないんだけど」 にこやかな笑顔で朝比奈さんは挨拶した。 「お久しぶりですね、俺にとっては。何故ここに? 今のハルヒの状況はご存じなんでしょう」 そう言うと、朝比奈さん(大)は顔を曇らせた。 「ええ、もちろん。今、わたしも病院に向かっているはずですから」 そう言って顔を上げて俺を見た。 「でも、この時間のわたしにできることはないの。 いえ、このわたしにできることもないと言っていいわ」 うつむいて目を伏せたまま、話を続ける。 「今後どうなるか、詳しく話して頂くのは、やっぱり禁則事項なんですよね」 聞くまでもない。未来的なヒントをくれたことはほとんどないのだ。 むしろヒント無しでやらされたことばかりだった。 未来へのヒントとして暗示されたものは、あの『白雪姫』くらいなものか。 「その通り。禁則事項です。どうしても伝えたいことがあってわたしはここに来ました」 「せめてヒントだけでも……ですか」 あのときの言葉を思い出しながら言った。俺にとっては恥ずかしくも懐かしい記憶だ。 「ヒントというよりは、キョンくんにお願いです」 お願い? 意外な言葉だ。 「ええ、お願い。キョンくんは、キョンくんの気持ちに正直に。それだけです」 俺の気持ちに正直に? 「詳しく言えないのは解ってくれてると思う……だけど、これだけは伝えたかったの。 あんまり考えすぎないで。自分に正直に、ね」 俺は自分を偽っているつもりはないが、今後、何か気持ちを無視した選択が起こりうるということか。 「これは未来人としてのお願いじゃないの。 キョンくんと涼宮さんの友人である、朝比奈みくるとしてのお願いです」 これには驚いた。朝比奈さん(大)は規定事項を優先してばかりだと思っていた。 そんな気持ちが顔に出てしまったらしい。朝比奈さん(大)はくすりと笑って言った。 「わたしはこの時間のわたしと、ちゃんと繋がってます。 だから、今のわたしだってSOS団を大事に思う気持ちはあるんです」 「いや、俺はそんなつもりじゃ……。」 頭を掻くしかない。 「それではもう時間だから。その鞄を届けに行くのでしょう?」 そう言いながら部室の外に向かっていった。もちろんそのつもりです。 「がんばってね」 何を、と聞こうと振り返ったときには、もう誰もいなかった。 俺はしばらく朝比奈さん(大)の言ったことを考えていた。 俺の気持ちに正直に。 これは未来人としてではなく、朝比奈みくるとしてのお願い。 俺の『気持ちに正直に』動かないと、朝比奈さんの未来には良くないというのは考えるまでもないだろう。 そうでないと、朝比奈さん(大)はここに来られないはずだ。 それでも、朝比奈さん(大)は未来人としての立場よりも、俺とハルヒの友人、つまりSOS団の一員としての言葉としていった。 『この時間のわたしにできることはないの』 ああ、そうか。確かに朝比奈さん(大)は朝比奈さん(小)と繋がっている。 朝比奈さん(小)は今かこれからか、俺と同じような無力感にさいなまれているのかもしれない。 「そういうことか」 つぶやいて苦笑する。俺も同じだ。さて、朝比奈さんを慰めなくてはならないときが来るのかね。 今は考えていても仕方がない。 ハルヒの鞄を持つと、俺も入院したことのあるあの病院に向かった。 病院では、相変わらず長門がベッドの側の椅子にちょこんと腰掛けていた。 傍らで朝比奈さんがハルヒを見つめていたが、俺が入ると頭をぴょこんと下げてくれた。 「こんにちは。ハルヒのお袋さんはいないんですか?」 「お仕事があるから、と今日はお帰りになりました。 目が覚めたら直ぐに連絡すると伝えてあります」 そうか。娘がこんなことになってさぞかし心配だろうな。 「長門、ハルヒの様子は?」 最大の懸案事項を聞いてみる。 「変わらない。情報生命素子は検索を中断することはない。 現在、約9.8%終了していると考えられる」 およそにしては細かい数字だが、長門からしてみればコンマ10桁くらいの精度で予測できるのかもしれない。 「お前は休まなくていいのか」 ずっとつきそう気らしい長門に聞いてみる。 「このインターフェースは睡眠・休憩を必要としない。行動の模倣のみ」 なるほど。人間の振り、か。でも長門は人間らしいと思うがな。ところで飯は? 「本来は必要ない。わたしという個体が要求すれば、機を見て接種する」 空腹と食欲ってやつかな。まさに人間的だ。 「食べたいものがあったらおっしゃってくださいね。用意しますから」 朝比奈さんが長門に言う。長門を苦手としている朝比奈さんでも、何かがしたいのだろう。 「わかった」 長門も短く答えた。 自分にできること、か。朝比奈さん、あなたはたぶん十分役に立っていますよ。 むしろ俺が居心地が悪い。 ここにいてもどうしようもないからだ。 ハルヒについていたいというのは単なる俺のわがままだ。 「それでも、涼宮さんはキョンくんに側にいて欲しいと思ってますよ」 朝比奈さん、モノローグを読まないでください。 そう、確かに側にいてやるくらいしかできないよな。 例え俺の自己満足であっても、な。 数日、そんな日が続いた。 俺と朝比奈さんは、毎日面会時間終了までハルヒの病室に行った。 機関関係だから、面会時間なんかどうでもなりそうだったが、どこかで切り上げないと離れられなくなりそうだった。 長門は朝から晩までずっとハルヒの側にいた。 本も読んでいないので、持って来るか聞いたが、わずかに首を横に振るだけだった。 長門なら、ハルヒの状態を観察しながら読書するなんて朝飯前だろう。 そんな気にならない、ということか。 ハルヒが倒れて4日目、古泉が現れた。 心なしかやつれた気がするが、今はニヤケ面が戻っていた。 「深刻な顔をしていても事態が好転するわけでもありませんからね」 そう言ったが、平常心を保とうとするポーズなのは俺にもわかった。 かなり辛い日々だったんだろう。 「休んでなくて大丈夫なのか」 いくら俺でも、この状況なら古泉にだって労りの言葉くらいかけてやる。 「ええ、ある程度の休息は取れています。やはり涼宮さんが気になりますので」 そうか。さすがは副団長だな。 「それに、あなたと少しお話がしたかったので」 俺と? 何かわかったのか。 「ええ、少しいいですか」 朝比奈さんと長門のいる病室じゃまずいのか、エレベータの前にある椅子に移動した。 「以前、僕が涼宮さんの精神状態がある程度わかる、とお話したと思いますが」 そりゃ、お前はハルヒの精神分析の専門家だろうが。さんざん聞かされたぞ。 「今回は特殊な例でして、さすがに僕たちにも良く解らなかったんですよ。 ただ、凄いストレスを感じている、としか」 そうだろうな。今ハルヒが置かれている状況なんて、凡人の俺には想像もつかん。 ハルヒはどんな苦しみに耐えているのだろう。 「それでも、涼宮さんはまだ自我を失っている訳ではないので、 やはり感情という物があります」 ああ、それで? 「ここ最近、今まで解らなかった涼宮さんのある感情がはっきりしてきているのですよ。 僕の中でね」 「もったいぶらずに言え。それは何だ?」 「不安、です」 「不安?」 「ええ、涼宮さんは今、とても不安を感じています。無理もありませんが」 そりゃそうだよな。何か訳のわからないものに自分の精神構造を解析されているわけだ。 外界との反応を遮断されてな。いや、反応できなくなっているだけか。 不安を感じない訳がない。 「ええ、そうなんですが、もうひとつ僕に判ることがあるんです」 ハルヒの精神でか。何だ? 「閉鎖空間に入ると強く感じられるのですが……はっきり言いましょう。 彼女はあなたを呼んでいます」 は? 俺をか? 閉鎖空間にか?? 「閉鎖空間は涼宮さんの精神活動によるものです。 別に、彼女はそこにあなたを招待したいというわけではないでしょう。 おそらく、彼女はあなたなら自分の不安を取り除けると思っているのでしょう」 おいおい、随分買いかぶってくれた物だな、ハルヒよ。 お前の不安の原因を取り除けるのは、SOS団の中では長門だけだ。 しかも1回限りのチャンスだぜ。長門なら大丈夫だろうけどな。 「僕以外のいわゆる超能力者たちも涼宮さんが誰かを求めていることは気づいています。 それがあなただと判るのは、僕がSOS団の副団長だからでしょう」 古泉が続ける。しかし何故俺なんだ? 一応聞いてみた。 「今更それをおっしゃるのですか? この間のあなた達の行動を僕が知らないとでも?」 いや、お前らが覗いていたのは知ってるよ畜生。聞いてみただけだよ。 だがな。 「俺にどうしろって言うんだ」 吐き捨てるように言った。俺は無力だ。古泉のような事後処理すらできない。 「今は知っておいて欲しい、と言うのが僕の希望です。涼宮さんがあなたを求めていると」 「誤解を招くような言い方はよせ」 「失礼。でも事実ですから。では僕はこれで」 俺の反論を軽く流して、古泉はそのままエレベータに乗って行ってしまった。 病室に戻っると、長門が何か食べていた。カレーパン? 「わたしが作ったんです」 なんと朝比奈さんお手製のカレーパンであった。 カレーが好きな長門が病室でも食べやすいようにと考えたのだろう。 本当に愛らしいお方だ。 そんな朝比奈さんを見ながら、朝比奈さん(大)の言葉を思い出していた。 『わたしにできることはないの』 そんなことありませんよ、朝比奈さん(大)。 このカレーパンは、長門にとって嬉しい物に違いない。 朝比奈さんの存在は、ちゃんと俺たちを支えてくれている。 今度朝比奈さん(大)に会ったらそう伝えよう。 今回の事件が終わったら、朝比奈さん(大)は現れるのかなと考えながら、俺はハルヒのそばに立った。 相変わらず眠っているだけのような顔。 しかし、その内部はかなり疲弊しているんじゃないだろうか。 疲れすら表に出せない程。 思わず俺はハルヒの手をとって握った。 「……ハルヒ」 呼びかけても答えはない。 「辛くないか?」 辛くないわけがない。その結果が閉鎖空間だ。 「俺は何ができるんだ……?」 「キョンくん……キョンくんがいることは、涼宮さんに伝わってます、きっとです!」 振り返ると、長門と朝比奈さんが俺を見つめていた。 長門は何も言わなかったが、俺を案じてくれているのはその瞳から感じられた。 俺は何も言えなかった。 家に帰ってからも、俺は色々と考えていた。 朝比奈さん(大)の注意事項とも取れるような『お願い』。 古泉は、ハルヒが俺を呼んでいると言った。 だが、ハルヒは俺の呼びかけに答えない。 聞こえているのかどうかもわからない。 俺の気持ちに正直に。 朝比奈さんのセリフを思い出す。 正直な気持ち? そんなの分かり切ってるさ。 ハルヒのために、SOS団のために何かしたい。 長門はハルヒの容態変化を観察しつつ、根本的な原因を排除しようとしている。 古泉は今回のことで大量発生してしまう閉鎖空間で闘っている。 朝比奈さんは、主に長門を、そしてできれば俺や古泉も支えようとしている。 みんな、自分でできることをやっている。 俺はどうだ? 「情けねぇな」 俺にできることなんか何もないんだ。 ただ、長門が助けてくれるのを待っているだけだ。 格好つけてみたってあがいてみたって結局それだけ。 「すまん、ハルヒ。やっぱり俺は雑用しかできないみたいだ」 自嘲気味に言った。 みんな頑張ってるのにこんなマイナス思考で悪いな。 4.窮地へ
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ドラえもんとハルヒの鏡面世界(仮)1 ドラえもんとハルヒの鏡面世界(仮)2 ドラえもんとハルヒの鏡面世界(仮)3 ドラえもんとハルヒの鏡面世界(仮)4
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声のした方に顔を向ける。 「古泉か。……ここは?」 「病院です。冬の時と同じ部屋ですよ」 古泉の話を聞くと、どうやら前回と同じように、俺は倒れて病院に運ばれたということになっているようだ。 「今はいつだ?俺はどのくらい眠ってたんだ?」 「今が夕方ですから、ほぼ丸一日といったところですね」 「今日の部活は?」 「もちろん中止ですよ」 そう言って古泉は右手を大きく動かす。 『涼宮ハルヒの交流』 ―第六章― その先には俺の看病をしてくれて疲れているのか、眠っているハルヒの姿が見える。 「ちなみに涼宮さんは今日は学校にも来ていません」 じゃあハルヒはずっとここにいてくれたってことなのか? 「そういうことになりますね。かなり心配していたようですよ。ところで……」 古泉はほんの少しばかり真剣な顔つきになる。 「今回は一体何が起こったのでしょうか?」 ということは古泉は何もわかってないのか? 「昨日の昼間にかなり大きめの閉鎖空間が発生しましてね。あるいはそれが関係しているのかと」 ああ、やっぱ閉鎖空間はできてたか。 「その顔は、心当たりがおありで?」 「少しな。たぶん原因は俺のせいだ」 「と、言いますと?」 「ああ、昨日の昼にな……と、その前にこの一日に何が起こったかを話しておこうと思うんだが」 「構いません。どうぞ」 古泉はそう言って手で続きを促す。 「実はな、異世界に行ってたのさ」 ……………… ………… …… この一日について、一部省略しつつも大まかに全てを伝える。 「と、まぁこんな感じだ」 「そんなことが……」 古泉は予想以上に驚いているようだが、そんなに驚くことか? 「いえ、異世界人を呼ぶことが出来るとは思っていませんでしたから」 「そういえば向こうのお前も同じようなこと言ってたな。異世界に干渉するのは難しいとかなんとか そっちの世界にも神がいる可能性がいるから、ハルヒでもそう簡単にはいかないとか」 「ええ、そんなところです。ですから、この世界からあなたをどうすれば連れて行けるのかがわかりません。 例え向こうの涼宮さんがそう望んだとしても、おそらくこちらの涼宮さんが妨害すると思われますし」 そういえば言うの忘れてたな。 「向こうのハルヒの話だと、俺が異世界に行ったのは、向こうのハルヒの力じゃないらしいぜ」 「向こうの涼宮さんには力の自覚があるのですか!?そんな……」 「まぁでも特に問題はなさそうだったぜ。知ってるって言ってもなんとなく程度みたいだったし」 「そうですか……。それは非常に興味深いことですね。 だからといってこちらの涼宮さんに力の事を教えても問題ないと考えるのは早計ですけど」 確かに。向こうのハルヒとこっちのハルヒにはかなり違いがあるようだったしな。 「それにしても、ではどうしてあなたは向こうの世界に行ったのでしょうね。 やはり昼間の閉鎖空間が関係して……!なるほど、そういうことですか」 わかったのか?なるほどって言われても全くわからんぞ。 「昨日の昼に何が起こったか教えていただけますか?」 正直言うとあんまり話したくないことなんだが、言わないと話が進まないよな。 「昨日の昼休みに弁当を食べた後、いつものように谷口、国木田と話をしていたわけだ。 で、これもいつものことだが、谷口が彼女がどうとか話始めたときにハルヒが帰ってきた。 まぁその時は別にどうともなかったんだが、時間が経って二人が去った後にハルヒが聞いてきたんだ。 『あんたも彼女欲しいの』って。俺は欲しくないことはない、みたいな感じで返したと思うが」 「なるほど、やはりそういう話ですか」 やはりって何だ?やはりって。気にくわんな。 「で、俺もハルヒにお前こそどうなんだ、って聞いたらいつもどおり『普通の人間には興味ないのよ』ってさ。 そのハルヒの様子が気に入らなかったのかなんでだかは知らないが、つい熱くなっちまって、 普通じゃない人間なんか見つかりっこないんだから、普通の人間で満足するしかないんだよ、って、 ちょっとばかり声を荒げちまったのさ。そうしたら『うっさい、だまれ!』って怒鳴られた。 たぶんかなり怒ってるんだろうが、それ以降は全く口をきいてくれなかった」 古泉はクックッ、と変な笑い方をして言う。 その笑い方はやめろ。気色が悪い。 「それはあなたが悪いですね」 「そうだな。そんなムキになるところじゃないよな」「いえいえ、違いますよ。あなたが素直じゃないのがいけないのですよ」 そう言ってまた笑う。 何を言ってるんだこいつは?全くわからんぞ。 「まぁそれでも結構ですよ。とりあえず何が起こったかについてはおおよそ見当がつきました」 まじでか?じゃあ、どうして俺は異世界に? 「結論から言いますと、あなたはこちらの涼宮さんによって異世界に飛ばされたのですよ」 飛ばされた?そんなことができるのか? 「異世界から連れてくるよりは、異世界に飛ばす方が簡単だということはなんとなくイメージできるかと」 まぁ確かにそう言われてみれば、ポンっと飛ばすだけならそう難しくはないような気はするな。 「ということは、ハルヒが怒って俺に愛想をつかしちまってことだな」 「いいえ、違います。むしろ逆です」 またこいつはおかしなことを言い出した。逆ならなんで飛ばされる必要があるんだ。 「では簡潔に聞きますが、あなたは涼宮さんのことが好きですね?」 「………」 「ふふっ、あなたの態度は口と違っていつ見ても素直ですね。で、涼宮さんもそれをある程度は感じています。 まぁ涼宮さんは恋愛感情などに疎い方ですから、確信があるというほどではないでしょうね」 「その話が何の関係があるんだ?」 俺の質問を聞いているのかいないのか、古泉は変わらない調子だ。 「先ほどあなたは涼宮さんが『普通の人間には興味ない』と言ったと言いましたが、それは嘘です。 彼女は普通の人間にも興味を持っています。いえ、持てるようになったというべきですか。あなたのおかげで。 ですが、彼女も頑固な人です。『普通の人間でもいい』と簡単には言えないのですよ。 つまり、彼女もその頑固さ、意地ですかね。それと感情のジレンマに悩まされているというわけです」 「話が全く見えてこないが、どちらにしろハルヒは俺にいなくなって欲しいと思ったんじゃないのか?」 「ですから、その全く逆です。彼女はあなたにずっと側にいて欲しいと願っています」 「ずっと側にいて欲しい人間を異世界に飛ばす人間の気持ちが俺には全く理解できないんだが?」 やれやれ、と言って古泉は大きく息をつく。 くそっ、なんかムカつくな。 「これは例え話ですが、涼宮さんがあなたのことを好きになってしまったとします。涼宮さんはその気持ちを伝えたい。 ですが、普通の人間であるあなたにたいしてそのような感情を抱くことは自分の主義に反することになる。 いえ、この場合は主義というよりも思想ですかね。それは涼宮さんのアイデンティティーとも言えます。 それを覆すということは、自分自身の否定に他ならない。だからこそその感情を認めるわけにはいかない。 ですが、そうは言ってもあなたには側にいて欲しい。それは事実です。ならばどうすればよいでしょうか」 知らん。どうにもならないんじゃないのか? 「いいえ、答えは簡単です。あなたを普通の人間じゃなくしてしまえばいいのですよ」 こいつはまたとんでもないことを言い出した。 「そんな無茶な。じゃあ俺に変な力が生まれたとか言うんじゃないだろうな?」 「いえ、おそらく涼宮さんはあなたに特殊な能力を持たせることは望んでいません。 なぜなら、涼宮さんが好きになったのはあくまで何の力も持たない普通の人間のあなたなのですから。 自分への言い訳のために、申し訳程度にあなたに特殊な属性を付加したにすぎません。 それが、異世界人という属性です」 「いや、異世界人と言っても俺はこの世界の人間だぜ?」 「ご心配なく。涼宮さんはあまり通常の設定をしないようなので。例えば僕の力もそうです。 涼宮さんは超能力者を望みましたが、僕の力は一般人が想像する超能力とはかけ離れています。 長門さんにしてもそうです。彼女も、UFOでやってくるようなごく一般的な宇宙人ではありません。 それに比べれば、あなたはまだ普通の異世界人とも言えると思いますが」 そう言われてみれば変だな。ハルヒは普通の超能力者すら嫌なのか?わけわからん。 長門に至っては本当にわけのわからん存在だしな。朝比奈さんにも何かあるのか? 「言うなれば、あなたは他所に行ってしまった転校生が、再び転校して戻ってきたようなものです。 まぁどちらにしろ転校生というわけですね」 古泉はわかりやすいのかわかりづらいのかよくわからん微妙な例えを出してきた。 「つまりハルヒは俺を異世界人にするためだけに、俺を異世界に飛ばしたって言うのか?」 「おそらくはそうです。その証拠にちゃんとここに呼び戻されているでしょう?」 行っていたのはたった一日だしな。確かに一試合でも投げれば肩書きは元メジャーリーガーになるもんな。 それにしても……、 「俺が異世界人になるってのはそこまで重要なことなのか?」 「そうですね。かなり重要かと」 そうは思えないんだがな。そんなにこだわることか? 古泉め、また笑ってやがる。くそっ。 「女性にとっては言い訳というものが非常に重要になります。 例えばデートに誘われたからといって、簡単に誘いにのると軽いと思われるのでは、という不安があります。 ですが、相手から何度も誘われることによってその気持ちは少し変わってきます。 『別に私が行きたいわけじゃないが、これだけ熱心なのだから付き合ってあげよう』と。これが言い訳です。 要するにそれと同じことです。『普通の人なら断るんだけど異世界人なら仕方ないよね』というわけです。 涼宮さんは言っていたのでしょう?『普通の人間じゃなければなんでもいい』と。ですから同じことです。 異世界人だからあなたと付き合ってあげる。別にあなたのことを好きになってしまったからではない。というわけです」 何かあまりよくわからんような微妙な話だが、 「まぁいい。とにかくお前の言うことが当たっているならば、俺が再び飛ばされることはないってわけだな?」 「おそらくは。もし何らかの他の意図がある場合にはわかりませんが」 そうか。ってことはこれで一件落着ってことだな。とりあえず安心だ。 「何をおっしゃるんですか。あなたにはまだ重要な仕事が残っているじゃないですか」 重要?仕事?何のことです? 「おや、とぼけるおつもりで?何のためにあなたは異世界まで行ったと思っているのですか?」 ……わかってるよ。 「……ちゃんとやるよ。そのつもりだ。それにその方がお前も助かるんだろ。」 「もちろんそうですが、どちらかというと僕は一人の友人として応援しているのですよ」 はいはい、ありがとよ。「まぁそういうことです。……涼宮さん!起きてください。彼が目を覚ましましたよ」 古泉はハルヒに呼びかけながら肩を揺する。 「……ん、古泉くん……?ってキョン起きたの!?あんたあたしがどれだけ心配したと思ってんのよ。 あ、いや、心配っていってもほら、だ、団長だから団員のこと心配するのは当たり前でしょ」 「……ああ、心配かけてすまん。ありがとよ」 「ま、ちゃんと目を覚ましたならいいわ。見た感じだいじょぶそうだし」 古泉がふと立ち上がりドアの方へ向かう。 「何かお二人に飲み物でも買ってきますね。……では、お願いします」 出ていく前に俺の方を向いて気持ちの悪い笑みを浮かべてきやがった。 そして、ここでハルヒと二人きりになった。 ◇◇◇◇◇ 最終章へ
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「お…?」 いつもの調子で扉を開いた俺は、目の前に広がった微妙な光景に思わずおかしな声をあげてしまった。 運動部の気合いの入った掛け声が遠くから聞こえる放課後の文芸部室。 そこでは、ホームルーム終了と共にすごい勢いで教室を飛び出していった団長が、 普段ならおとなしく文庫本でも読んでいるはずの無口宇宙人に見覚えのある魔女の衣装を着せていた。 「あぁ、あんただったの。びっくりさせないでよ」 人の顔を見て、第一声がため息とはなんとも無礼なやつだが…いや、そんなことよりだ。 俺が気になるのはその隣ですました顔をしている魔女っ子だ。 「何を始めるんだ」 薄々感付いてはいるが、どうも聞いてほしそうな顔をしていたので不本意ながら聞いてやる。 すると、ハルヒは待ってましたと言わんばかりに鼻を鳴らし、 「大好評だった自主製作映画の続編を撮るの!」 機嫌の良さそうな輝きをこれでもかと瞳に詰め込んで、長門の肩を叩きながら叫んだ。 大好評だと? 何やら聞き捨てならん修飾語が挟まったような気がしたが、まぁだいたい俺の予想は当たっていたようだ。 授業中、いつになくカリカリ音がすると思ったら、台本でも書いてたんだな。 「それで?主演女優はいないようだが。何を撮るんだ?」 部室を見渡してみるが、前回の主役、未来からやってきた戦うウェイトレス・朝比奈ミクルを演じきった麗しき先輩の姿は見えない。 その代わりと言ってはなんだが、左手に主演俳優が座っている。 「いたのか。今気付いたぜ」 「ふふ、厳しい冗談ですね」 特に普段と変わらない古泉が笑う。 余裕の笑顔をかましているところを見ると、どうやらこいつの出番はないようだ。 となると長門のソロシーンか…? 「どっちかって言うとみくるちゃんメインよ。有希も出すけど」 朝比奈さんは来てないじゃないか。 「今日は掃除当番ですって。多分もうちょっとしないと来ないはずだから…」 ハルヒは言いながら、長門を立たせて、机の上にあったビデオカメラを手に取る。 そして、『超監督』と書かれた腕章を揺らしながら、 「ここに隠れて撮るの!」 何の濁りもないピュアっぽい瞳を輝かせ、隅の掃除用具入れを指差した。 おいおい。 隠し撮りじゃないか。 それってなんの打ち合わせもしてないってことだよな? そんなんでいいのか? 「バカね。普通のシーンが欲しいのよ。ヒロインの日常みたいな。 それに、“普通”ってのは演じさせるよりありのままを撮るべきなの」 それはそれは。 妙に説得力のあるお言葉だ。 前の映画の出来を見ていなければ、だが。 「あんたと古泉くんで普段通りの雰囲気を作っておくのよ!それでね、 みくるちゃんが油断したところに有希が飛び出していって攻撃するから」 超監督はそう言うと、自分から埃っぽい掃除用具入れにいそいそと入り、長門に向かって手招きする。 「ちょっと狭いけど…。有希はちっこいから余裕よ」 確かに、俺と朝比奈さんでも入れたんだ。 もともとスタイルのいいハルヒと、変な衣装を来ているとはいえ線の細いのは変わらない長門は、 窮屈そうな様子もなくするりと金属製の箱の中に納まった。 「閉めていいわよ。…あ、くれぐれもみくるちゃんにバレちゃダメだからね!」 わかった。善処するよ。 俺は灰色の扉を閉じながら、 昨日、ゴールデンタイムに寝起きドッキリ的な番組が二時間枠で放送されていたことを思い出した。 「こんにちは~」 それから約二十分後。 ようやく今日のハルヒのターゲットとなる憐れな子猫が、急いだ様子で部室に現れた。 いや二十分もよく待ったものだ。 俺たちじゃなくて、掃除用具入れの中の団長が。 どうせすぐ「遅いわ!」とか言って飛び出してくるか、ガタガタと箱の中で騒ぎ出すものだと思っていたから、 この長い待ち時間、部屋がしんと静まっていたのが信じられないぜ。 「あれ?お二人だけですか?」 と不思議そうな顔の朝比奈さんだが、ここは嘘をつかねばなるまい。 「はい。ハルヒも長門もまだみたいで」 「珍しいですね」 小首をかしげながら、鞄を机の上に置く。 「とりあえずお茶いれますね」 こういうときは下手に演技してもどうせハルヒにどやされるだけだから、台詞は必要最小限に抑えるべきなんだろう。 「お願いします」 俺は笑顔で答えて、朝比奈さんに会釈した。 その後、俺は古泉とともに朝比奈さんのお茶を楽しみながら、いつハルヒが飛び出してきてもいいように身構えていたのだが…。 結論から言おう。 ヤツはいっこうに掃除用具入れから出てこなかった。 いったいどれだけ地味な世間話とお茶をすする音を撮り続ける気だろう。 ハルヒが隠れてから既に三十分以上。 いくら映画のためとはいえ、こんなに根気のあるやつだったかな? 「涼宮さん、遅いですね」 制服のままの朝比奈さんの言葉に、俺は古泉に目配せして掃除用具入れをちらと見た。 古泉が肩をすくませ、小声でコンタクトをとろうか、と思った時だった。 キィ…という情けない音とともに灰色の扉が外向きに開く。 もっと勢いよく開くもんだと思っていた俺は拍子抜けしてしまい、 さらにその中の光景を見て…愕然とした。 「有希!いきなさい!」 とか言いつつ、満足そうな笑顔を浮かべているはずだった監督が、 「…」 三角防止の魔女の腕の中で、立ったまま寝息をたてていた。 俺ももちろん驚いた、というより呆れたが、もっと慌てたのは…他でもない。 本来ターゲットだったはずの朝比奈さんだ。 「へ?あれ?なんでそんなとこ…それにその格好…?」 用具箱におそるおそる近付きながら頭の上にハテナを浮かべる。 仕方ない。状況が状況だし、説明してもいいだろ。 「すいません。こいつが映画の続編を撮るとか言い出しまして…。この中から朝比奈さんの様子を撮影してるはずだったんですよ」 「えっ!?」 「でも、この有り様じゃあ何も撮れてないでしょうね」 まさかこの狭い中で立ったまま寝てしまうとはな。 静かだったのも頷けるぜ。 長門もご苦労さんだ。 「…入ってすぐに眠ってしまった」 小さく呟く長門は、寄りかかるハルヒの頭を抱えて大事そうに撫でた。 朝比奈さんを一瞥してから、ハルヒに視線を戻して僅かに目を細める。 なぜか得意気な長門に…これまたなぜかわなわなと体を震わせる朝比奈さん。 俺は二人の間に何か変な空気を感じたが、 「まぁとにかく起こしてやろう。長門も大変だろ」 ハルヒの肩に手を伸ばす。 いつまでもその格好じゃ辛いだろうと思って…気を利かせたつもりだったんだがな。 そんな俺を長門は、衣装と同じく真っ黒い瞳を爬虫類みたいにギロリと動かして睨んだ。 「起こしてはいけない。揺らさないように、今からそちらへ運ぶ」 「いや、でも…」 「大丈夫」 言葉を制された俺は、情けなくもその場に固まってしまった。 誰だってこいつにこんな風に睨まれたら怯むと思うんだが… 「あの、私が持ちます」 今日はなんと、あのいつも弱気な先輩が口を挟んだ。 目を丸く開いたまま少し頬を染め、頑固そうな長門の瞳を見据えて「こちらへ預けて」とばかりに両手を広げる。 「あなたではダメ。支えられない。危ない」 「長門さんだって。そんな格好で安全に出てこられるはずないです。私が涼宮さんを…」 「今から出る。問題ない」 「問題あります」 「ない。彼女の身は私が守る」 なんだなんだ? 数秒の間に行き来した短い言葉のやりとりに、開いた口が塞がらない。 口を挟めない。 意地の張り合い? ハルヒの取り合い? ただ、何にせよ朝比奈さんがこんなにも長門に食ってかかるところは見たことがない。 「私の方が…あぅ!」 口ではなく、ついに実力でハルヒを奪いにかかった朝比奈さんの右手を長門が掴む。 「彼女が起きる。…やはりあなたではダメ。意外と乱暴」 早口でまくしたて、一瞬怯んだ朝比奈さんの横を抜けて、するりと掃除用具箱から脱出した。 ハルヒが目を覚ます気配はない。 「どうぞ」 長門は古泉に出された二脚の椅子の片方にハルヒを座らせ、もう片方に腰を下ろすと、自分の肩に頭を預けさせる。 すーすーと寝息を立てるハルヒの手をやんわり握ると、 二人はまるでバランスを失ったフランス人形が寄り添って座っているような風を思わせた。 「長門さんばっかりずるい…」 おっと、これは急展開だ。 先程長門に「意外と乱暴」と評された小さな先輩が、目を潤ませながら二人のもとに駆け寄る。 ハルヒよ。寝てる場合じゃないぞ。 「私も涼宮さんを抱っこしたいです」 「ダメ」 ついに本音の出た朝比奈さんだが、長門はぷいと向こうをむく。 「ちょっとだけですから」 その顔を追って回りこんだ朝比奈さんは、自分の分の椅子を引っ張り出してハルヒの隣にくっついた。 長門は一旦ハルヒの寝顔を見て、朝比奈さんに視線を戻す。 泣き出しそうな瞳をキッと開いて自分を見つめ返す彼女を見て、長門は何を思ったのか…。 「…」 握っていた両手をほどき、ハルヒの左手をリスみたいに震えている目の前の少女に差し出した。 片方だけなら握っててもいいよ、ということなのだろうか。 朝比奈さんにぱぁっと笑顔が戻る。 「長門さん…」 彼女は小さく歓声を上げてうふふと笑うと、細く真っ白な指を腕まで絡めようにして掴んだ。 「起こさないように」 「わかってます」 両腕に美少女二人をくっつけているハルヒは、…びっくりするぐらい熟睡しているわけだが…。 できることならしばらくはこのまま眠っていていただきたい。 …両サイドの二人がお前の寝顔を幸せそうに見つめているもんでな。
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SOS団に平和な空気が広がり 長門と古泉は膝を突き合わせてヒソヒソ話し合っている 今日はハルヒも来ないし つまらないので帰ろうかなと思っていた するとドアに小さなノックがあった 長門も古泉も立ち上がろうとしないので、仕方なく俺が立ってドアを開けた そこには俺の精神安定剤的頭痛不安イライラ解消お人形さんが立っていた 「あの…あのぅ…わわわわたし…」 どうしたんですか朝比奈さん? ご無事で何よりです とても大活躍だったそうで、まあいろいろありました こんな所に立ってないで、さあ中にどうぞ 「あのっ、わたし、ここに入ってもいいんでしょうか?」 朝比奈さん? どうしたんですか? 朝比奈さんはカバンを胸に抱え、内股に閉じたかわいい膝小僧をカクカクさせている この姿はまさに、最初にハルヒに拉致されてきた時と同じだ 「何か全然覚えてないんですぅ…学校に来て授業を受けて、その後何をしたらいいのか全然分からないんです でも何となくここに来なくちゃいけないような気がして、それで…」 まあどうぞ朝比奈さん、とにかく入りましょう 俺は小さな朝比奈さんの肩を抱くようにしてとりあえず中に案内した フワリとした巻き毛から爽やかな香りが立ち昇る ああこれは気持ちがいい 「え、ええとあの、わたしはここで何をしたらいいんでしょうか?」 えっと、まずはメイド服に着替えて、それからお茶を入れて、それはいいですからまずはどうぞ座って下さい 「あの…キョンくんってあなたですか?」 はい? まさか朝比奈さん 本当に覚えてないんですか? 俺の事もハルヒの事も? 「ななななんとなくは記憶があるんですけど、禁則事項で禁則事項してから後の事とか、禁則事項に行って転んで泥だらけになって禁則事項に会って、そして禁則事項の事がちょっと気になって禁則事項で調べたたら今度はは禁則……」 ああもういいです朝比奈さん とりあえず座って落ちつきましょう 「あの…今朝学校に来てから気がついたんですけど、私のカバンにこんな物が入っていて、それでキョンくんに…」 そう言って朝比奈さんはカバンから封筒を取り出した かわいい花柄のファンシーな封筒の送り主はもちろんすぐに分かった 表書きにはきれいな大人文字で『これをキョンくんに渡して下さい』と書かれ、裏面には小さく『朝比奈みくる』と書いてある 俺の頭に?が点滅した はて? 朝比奈さん(大)の存在は俺にも分かっている 何せつい今朝死ぬほど厳しいお説教を食らった直後だ でも朝比奈さん(小)には禁則のはず 朝比奈さん(小)に手紙をことづけるのにわざわざ自分の名前を書くとは? おっちょこちょいの朝比奈さん(大)が慌てる所を想像したがすぐに気付いた 朝比奈さんは俺に手紙を出すとも言っていた 早朝に現れたのはイレギュラーだから予定にない行動だったのだろう あの時はもう現在の朝比奈さんに手紙を持たせた後だったのかもしれない なのに朝比奈さんは何も言わなかったって事はこれは規定事項なのか? 考えるより行動した方が早い 俺は封筒を開けて中から1枚の便箋を取り出した 今の朝比奈さん(小)よりもかなり達筆になった筆跡で書かれていた 「キョンくんへ あなたのおかげで未来は正常な姿に戻りました 本当に感謝しています いつまでも自分に正直に生きて下さい そうすれば、あなたの想いは必ず実を結びます 涼宮さんを大切にしてあげて下さいね 朝比奈みくる P,S, そこにいる私はかなり混乱しているはずです めまぐるしい時間移動でTPDDのキャパシティがオーバーロードしちゃいました。あの異世界空間の影響と涼宮さんの力が合わさって、通常では考えられない動作をしちゃったので、しばらくその状態が続くと思います もしかしたら長門さんが修理してくれるかもしれないけど、数日経てば元に戻りますから心配はいりません それでも若干記憶が欠損してる部分もあると思いますので すみませんけどいろいろ教えてやって下さい あなたには禁則事項はありませんから これからもそこにいる私をよろしくお願いします」 俺は3回読み返してから手紙を朝比奈さんに渡した もうこの手紙を見せてもいいだろうと思った どうやら今回の事で、朝比奈さんは出世の階段を1つ上がったようだ 少なくとも朝比奈さん(大)の存在を明らかにしてもいいという事が まるでルーブル美術館から強奪されたフランス人形のように、かわいそうにぶるぶる震えている朝比奈さんはおっかなびっくりその手紙を読んでいたが、当然事情は全く把握できていない 「ななな何で私の名前が書いてあるんですかぁー? 何で記憶がなくなってるんですかぁ? TPDDって何なんですかー? 禁則事項って、もしかしたら禁則事項の事かなぁー?」 朝比奈さん ちょっと落ち着きましょう とりあえず心配はいりませんから ここはあなたの部室です 手紙に書いてある通り、すぐに記憶は戻りますから 何でしたら長門がすぐに 「禁則」 ああそうだった とにかく心配する事はありませんから 「これは面白いですね TPDDにも副作用があったとは やはり長門さんのおっしゃる通り、まだまだ開発途中だという事ですか」 「通常はあのような条件でTPDDを多用する事はないと想定されていた あれはあくまでイレギュラーなイベント でも開発者は今後十分認識しておく必要がある あの時の朝比奈みくるのTPDDの使用方法はまさに画期的 これからの改良に多大な経験値を与える事になる、はず」 気がつくと古泉と長門も朝比奈さんの背後に立って一緒に手紙を読んでいた 古泉の手がさりげなく長門の腰にまわされている ムカつく 「何も心配いりませんよ朝比奈さん 僕たちがついてますから この手紙に書いてある通り、あなたはすごい事を成し遂げた これは自慢すべき事です」 「そっそっそっそうなんですかぁー?」 ようやく朝比奈さんが落ち着いたので 本来ならここで俺にとってのルイ13世である、朝比奈ブランドの最高級日本茶などを味わいたい気分なのだが、メイド姿に着替える事も忘れている今の朝比奈さんにそれを要求するのは酷だろう 古泉と長門はヒソヒソ何かを話しているし、仕方ないか 俺は立ち上がってお茶の用意をした ヤカンでお湯を沸かしながら急須にお茶っ葉を投げ入れる お湯が湧くのを待っている間に胸ポケットに入れた携帯がブルブル震えた ハルヒからだった しかもメールじゃないか いつものハルヒはメールを送るようなまどろっこしい事は絶対にしない こちらの都合も考えずに名前も名乗らず用件だけを告げ、返事も聞かずに切ってしまうようなヤツが何でわざわざメールなんかするのだろう そもそもあいつがメールの打ち方を知っていたとは初耳だ 「駅前にバイキングのお店が新しくできたみたいよ 本日17時オープンしかも初日に限って半額だって!」 時間を見るとまだ4時10分過ぎだ お茶を飲んでからでも間に合うだろう お湯が沸騰したので急須に注ぎ、全員に配ってやる 古泉の前に置く時だけは憎しみを込めてドンと叩きつけた 自分の席に座ってさしてうまくもないお茶をズルズルすすり 呼吸を整えてからハルヒに返信した 「お茶飲んだらみんなで行くからそこで待っててくれ」 携帯を閉じて胸ポケットにしまい、再び湯呑みを手にするとまた電話だ 今度はハルヒからの普通の電話だった また携帯を取り出して開き、耳に当てた 「バカキョン!!!!!!!!!!」 携帯の小さなスピーカーから聞こえてきたほとんど原音のままの大音響は、俺の右耳から入って脳内を7周半ほど高速で駆け巡り、左の耳から抜けて部室中に轟音をとどろかせた おそらく部屋の全員が聞いていたのだろう 古泉も長門も、そして朝比奈さんまでもが口をポカンと開けていた 「な…な…何だったんですか今のは?」 俺はすでに切れていた携帯を閉じて、5秒で状況を説明した まだ鼓膜がジンジンしていて右耳がおかしい 鼓膜が破れたらハルヒに治療費全額負担させてやる 「やれやれ……」 おい古泉 それは俺のセリフだ 「長門さんと話していたのですが、今回の事で涼宮さんの精神に重大な変化があったようです。これは機関も同意見です 近々我々の任務にも大きな変革が訪れるかと期待していたのですが、長門さんによるとあくまで暫定的なものらしいですね 朝比奈さんからの手紙がどういう意味を持つのか、それは今から考える事ですが、長門さんの暫定的という意味が今分かったような気がします」 何だ古泉 もうちょっと分かりやすく言え 「つまり涼宮さんの精神は今は安定していますが、それはあくまで一時的なもののようですね 再び爆発する可能性が非常に高いという事です そして次に爆発するとしたら、その原因を作るのは間違いなくあなた あなたの今後の行動次第では、すでに力を自覚してしまった涼宮さんが何を始めてしまうか、予想するだに恐ろしいとはまさにこの事です」 すまん古泉 俺の取った行動のどこがおかしいのか、箇条書きにして説明してくれ 「あっあの・・・キョンくん すっすっ涼宮さんは、キョンくんと2人で行きたかったんじゃないかしら?」 うっ 「だから内緒でメールにしたんだと思いますぅ」 「ふふふ、お分かりでしょう。もう涼宮さんは大きく変わり始めています 早起きして弁当を作ったり、あなたが居眠りなどしないように気を配ったり そこまで献身的にあなたの事を考えてくれている涼宮さんなのに 当のあなたがこの調子ではね」 分かったよ じゃあこのお茶飲んだら行くから みんなも気をつけて帰れよ その時長門が突然立ち上がった 何年か前にどこかのアニメでやっていたような舌足らずのゆっくりした声で 俺は長門が物真似までできる事を初めて知った 「まったくお前はどこまで他人に迷惑ばっかりかけて生きているんだ そろそろ他人の気持ちを考えられるように努力できないのかよ いつになったらお前は学習能力というものを身につけるんだ いいからさっさと出て行きやがれ、この大バカ野郎」 俺は長門のすさまじい殺気を感じた 急いでカバンを引っつかみ、部室を出ようとした 追い打ちをかけるように、長門の詠唱が響く まさかこの俺が、長門の呪文の餌食になってしまうとは… 「………」 間一髪、有機情報連結の解除から逃れた俺は校門に急いだ 昇降口で靴を履きかえるのももどかしく、転がるように学校の外に出た その瞬間だった 背中を見えない手で押され、俺は時速100km近い速度で坂を駆け下りた 途中で何人もの通行人とすれ違うが、そのたびに鋭い横移動に体を揺さぶられ、襲いかかる横Gに気分が悪くなってくる 赤信号は全て俺の手前で青に変わり、2分もかからずに駅前の広場に着いた 腕組みをして待ち構えるハルヒの目の前数cmの所で、俺は急停止した 「わ……」 すさまじい加速と激しい横G,それに恐怖と緊張感で、俺は汗びっしょりだった 吐き気が喉元に突き上げてくる トイレはどこだ? 「あんた、えらい早かったじゃないの。ってか早すぎ」 ちょっと待っててくれハルヒちゃん 俺は公園のトイレに急ぎ、汚物を処理した 何度もうがいをして顔を洗い、ようやく一息ついてからハルヒの元に戻った 「1人なの?キョン」 ああ1人だ 「みんな連れて来るって言ったじゃないの」 いやそれは訂正します 訂正させられた 「何でこんなすごい勢いで走ってきたの?」 それは禁則で ああもう禁則じゃないのか 長門が怒り狂って俺に呪文をかけた 「有希が?呪文?」 そうだよお前ももう見ただろ 「あたしにもかけてくれるかしらね?」 長門に聞いてみろ 「面白そうねそれ!ちょっと学校に戻りましょうよ、今すぐに!」 ハルヒ、それは明日でいいだろ 今から学校に帰ったら俺は間違いなく長門に殺される 「何よもうキョン!」 ハルヒ 俺は学校で長門に呪文かけられて喜んでるお前よりも 俺と2人でメシ食ってるお前を見てる方が今は楽しいんだ 「キョン?」 本当だ。だから今日はメシ食いに行こう。半額なら俺がおごってやれるから お願いですから俺と一緒にバイキング食べに行って下さい ハルヒはやっと笑顔に戻ってくれた 両目と口が同じ大きさの正三角形になった 「ふっふーん!いいわ!あんたがそう言うんならね! でもまだ早いからちょっと歩きましょう!」 そう言ってハルヒは俺の腕を取り、さっそうと歩き出した ハルヒの髪からは甘いいい匂いが漂い、柔らかな胸のふくらみが俺の腕に伝わってくる ありがとう長門、俺を分かってくれて お前のジョークにはこれからさんざん振り回されそうな予感がするけど いいんだよなこれで SOS団は全員がハッピーエンドを迎えるんだよ そう 全員だぞ絶対に 涼宮ハルヒの共学 完
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プロローグ 薬物乱用に溺れる奴等は、意志が金箔よりも薄いに違いない。 俺はそんな風に思っていた。しかしその考えが、 いかに的外れで愚かなものだったかと思い知らされた。身をもってな。 涼宮ハルヒのダメ、ゼッタイ 一章 俺は今日も強制ハイキングコースを、 目を半開きにしながらメランコリーに上っている。 なんで俺がこんな顔をしてるのかって? それは今が受験シーズン真っ直中で無謀にも、 俺がその激流の中に身を投じているからだ。 驚くことに俺は都内の某有名国立大学。つまり東大だ。 そいつを志望してしまっている。 いや、させられているというべきか。 あの崇高なるSOS団団長、涼宮ハルヒにな。 ちなみに別に俺はハルヒと付き合ってる訳じゃないぞ。 そりゃ、たまにいい雰囲気になったりもするが、 これといったきっかけがな。それに、今はそんなことより受験勉強である。 おい、そこ!誰だチキンとか言いやがった奴は!…正直俺もそう思う… とにかく、付き合ってもいないのに、 勝手に人の志望大学まで決め付けないでほしいものである。 お陰で昨夜もハルヒ特製受験対策問題集に打ちのめされ、こんな状態だ。 「よお!キョン!」 後ろから『朝っぱらから声を聞きたくない奴ベスト3』 にノミネートされている、谷口の声がした。 ちなみにあとの二人は古泉と妹である。 そのうちの片方は避けようがないがな。 「相変わらず眠そうだな、お前は。いいか? 親友として忠告してやる。お前が東大に合格するなんて不可能なんだ。 よく考えてみろ?俺が道行く女性にナンパして成功すると思うか?」 もしかしたらこいつは本気で心配してくれてるのかもしれないな。 自分をそこまで貶めることないのにな。 というか、お前は自分がモテナイ事にきづいてたのか。 「それはハルヒに言ってくれ。 それに俺だって東大一本に絞ってるわけじゃない。 あいつのお陰でちょっと名の通った私立大学くらいなら、 合格出来るだけの学力はついてるつもりだ」 まあその旨をハルヒに伝えたら猛反対されたがな。 しかし、そこまであいつの言われるがままになることもないだろう。 そんな会話をしてると後ろから女子の声が聞こえた。 「おはよ!キョンくん!谷口くん!」 そういったのは朝比奈さんではない。 あのお方は今はこの街にはいないからな。 その声の主は三年になってはじめて、同じクラスになった春日美那だった。 朝比奈さん同様、少し栗色のショートヘアーをアシンメトリーに束ねている。美人というよりは、健康的な可愛さがある女子だ。 「よう、春日」 俺はそいつに挨拶を返したが谷口は顔をしかめると、 そっぽを向いてしまった。やれやれ…またか。 クラス変え当初は、谷口のそんな態度をみて、 こいつも古泉と同じ道を歩みはじめてしまったのかと、 ひどく驚いたものだが11月の今となっては、 それは当たり前になっていた。谷口は、春日にだけはとてもそっけないのだ。 「じゃ、また学校でね!」 春日がその場を去ってから俺はいつものように、 谷口にその理由を聞いてみたが、谷口は 「あいつには絶対に、何があっても関わるな」 っと言ったきり一言も喋らなくなってしまった。 …やれやれ…そのセリフをきいたのも何度目かね… こいつは春日に、よっぽどひどいフラれ方でもしたのか? そんな事を考えながら俺達は学校についた。 この時、こいつの言葉の真意をもっと真剣に考えていたら、 俺はこのあとに待ちうける高校生活、 いや、人生の中で一番タチの悪い災難に会う事もなかったのかもしれない。 あのな、古泉。この世で一番怖いのは神様なんかじゃない、それは人間の欲望だ。 二章へ
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文字サイズ小でうまく表示されると思います 涼宮ハルヒの誰時 お前は、俺をその名前で呼ぶな。 半眼で睨む俺を、朝倉は少し怒った顔で見つめていた。 「長門さんだったら、貴方をキョン君って呼んでも怒らないの?」 なんでここで長門の名前が出るんだ?それに第一、 長門は俺をその名前で呼んだ事はない。 突き放すように答える俺に、朝倉は目を丸くしている。 「え? そうなの?」 ああ、俺の覚えている限りはないな。 俺の言葉に、何故か朝倉は笑顔を浮かべる。 「そっかぁ、そうなんだ。へ~」 なんだよ。 何が気に入ったのかわからないが、不機嫌になったはずの朝倉は急に楽しそうにしている。 振り払われた手で、今度は俺の服を掴む朝倉は何か企んだ様な笑顔……つまりいつものハルヒの様な笑顔を浮かべた。 「怒らないでね?嘘をついてたわけじゃないんだけど、実は今の私には宇宙人的な能力はあるの」 な! 俺の言葉を朝倉の手が遮る。 「ストップ、最後まで聞いてよ?宇宙人的な能力はあるけど、それはスペック上での話。今の私を例えるならガソリンの無い車だと思ってもらえれば わかりやすいかな?涼宮さんによって再構成された私は本当に普通の高校生になったのではなくて、涼宮さんの意識の中にある普通の高校生としてしか 行動できない制約があったのよ。まあ同じ事だけどね。でも、涼宮さんが居ない今その枷はない。だけど統合思念体の存在も涼宮さんによって 無くなってしまったから、やっぱり今はただの高校生でしかないけどね」 小さく舌を出す朝倉に、俺はため息をつく。 わざわざそれを俺に言うって事は、他に何かあるんじゃないのか? でなきゃ言う必要もない事だろうに。 「正解。このまま普通の高校生として貴方と暮すのもいいかな?って思ってたけど。どうやら私にはまだやる事が残ってたみたい」 やる事? 俺を殺すとか言い出すんじゃないだろうな。 楽しそうな顔で朝倉は首を横に振る。 「ないしょ。それよりも貴方に聞きたい事があるの」 聞きたい事? 「そう。貴方は涼宮さんや長門さん、他の人達も含めて取り戻したいのよね?」 そうだ。 「結論だけ言うとね、長門さんから何か預かってたりしない?私が力を取り戻せれば、少なくとも貴方の望みを叶えるチャンスを作ってあげるくらいは できるはずよ」 何かってなんだよ。 「それはわからないわ。そうね、別に長門さんからじゃなくても何かこう、不思議な物とか持ってない?貴方にとってはただ不思議な物だとしても、 私にとっては力を使う為の鍵になる可能性はあるの」 長門や古泉、朝比奈さんから何か預かってないかだって?急いで考える中に浮かんで来るものといえば……そうだな。 長門から借りた本。ああ、駄目だあれは今朝本棚を見た時には無くなってたんだっけ。 朝比奈さんの私物……部室にあった衣装も何もかも無くなってたから思いつかないな。 古泉は駄目だ。あいつから何か受け取った覚えなんてない。 「よ~く考えてね。貴方の記憶を直接読み取れば早いんだけど、正直それだけの力も残ってないのよ」 そんな事されてたまるか。 ハルヒはどうだ?何かあいつが残した物はないのか……。 あいつの家がどこにあるのかなんて知らないし、今となっては調べようもない。部室は文芸部だった頃に戻ってしまってたよな。 教室は? 駄目だ、机も無くなってたんだった。 腕を組んで雑然とした部屋を歩き回る俺の脳裏に、何かが浮かび上がる。 なんだ、今のは? あれは……えっと、夏より前だった様な気がするぞ。 必死に記憶を辿っていく中で俺が辿り着いた答え、は。 カーテンの閉められた暗い部屋の中、モニターの小さな光が俺と朝倉の顔を照らす。 深夜の北高に忍び込んだ俺と朝倉は、元SOS団の部室……の隣、コンピ研に来ていた。 立ち上がったばかりの部長氏のパソコンのカリカリという小さな音と、俺の不器用なタイプ音だけが深夜の部室に響く。 「これがそうなの?確かにこれは涼宮さんの痕跡と言えなくはないけど……。残念、これはハズレよ」 モニターに映っているのはSOS団のウェブサイトだ。 いや、見せたいのはこれじゃない。 これを見せるだけなら別に深夜の校舎に不法侵入する必要はないんだ、ネット環境さえあればいい。 俺は手慣れた操作でキーボードを操作してURLを変更し、今日入力したばかりのパスワードを再び入力する。 切り替わる画面。 画面に編集機能と各種登録項目が表示され、俺はその中の一つ「画像登録」を選択した。 コンピ研の部長氏が閉鎖空間の様な物に閉じ込められた事件の原因となった、ハルヒの描いたあの画像。 長門が画像をいじってくれたおかげであの時は助かったんだったな。 無料レンタルウェブサーバーに登録済みの画像一覧には、長門改編によるZOZ団のシンボルマークがあった。そして、 「……ビンゴ」 朝倉が食い入るようにモニターを見つめている。 そこには確かに残っていたのだ、俺が最初に画像をTOP画面に張り付ける時、念の為名前を変えて保存しておいたハルヒの描いたあのSOS団の シンボルマークが。 いけそうか? 俺の質問に朝倉は嬉しそうに頷く。 「今の私でもこの画像から力を引き出すのは簡単よ。凄いじゃない、流石涼宮さんが選んだ人ね」 俺はパソコンデスクの席を朝倉に明け渡した。 ……なあ朝倉。 「なあに?」 俺に返事をしながらも朝倉は意味不明なコードをパソコンに打ち込み続けている。 知ってたら教えてくれ、ハルヒが俺を選んだのか?それとも、俺がハルヒを選んだのか? 不思議そうな顔で朝倉が俺を見つめる。 「それって何か違うの?」 そりゃあ違うだろ? なんていうか……俺はハルヒが神様みたいな存在だって聞いてたんだが、ここ数日色んな人から話を聞いている間にそうじゃないかもって思えて来たんだ。 「……そうね、貴方が涼宮さんに選ばれた理由は私にも統合思念体にもわからなかった。あの子が貴方を好きになった理由もね。でもね?女の子にとって 好きな男の子はみんな神様なの。自分が思う理想の存在であって欲しい、それこそ神様みたいな……。なんて、男の子は好きな女の子にそんな幻想を抱いたりは しないかな?」 どうだろうな。少なくとも俺の知っている神様って奴は、横暴で我儘で見てて落ち着く暇がないような奴だったが。 「あら、貴方がそんな女の子を望んでいた可能性はない?」 何故だろう、俺はそこで朝倉に何も言い返せなかった。 朝倉は朝倉で答えを聞くまでもないとでも言いたげに微笑み、沈黙させられた俺を無視してキーをタイプしていく。 「いい、この世界の涼宮さんは確かにもう存在しないわ。でも、完全に消えてしまった訳じゃないの」 場所は変わり、俺達は元SOS団の部室、現文芸部の部室の中に来ていた。 朝倉は窓際の長門がいつも居た場所に、俺はいつものパイプ椅子にそれぞれ座っている。 「今、涼宮さんは誰も居ない世界を作って一人で居るの。自分の思考も閉ざし、何も考えないまま一人で、ね。それを助けられるのは、この世界に多分 貴方しかいない。貴方が涼宮ハルヒの思考を取り戻せたら、私はこの世界に彼女を呼び戻してあげる。それからの作戦はこんな感じよ」 そう言って話し始めた朝倉の作戦って奴は無茶苦茶という言葉を体現するかのような内容だった。 言うなればお茶漬けを食べたいからまず粘土質の土を手に入れて、しかも空腹が始まる前に素材と食器を一式準備する……って所だろうか。 すまん、上手く言語化できそうにない。意志の疎通に齟齬が発生しそうだから忘れてくれ。 でもまあ、これだけで朝倉の作戦を理解できた奴がいたら素直に尊敬するぜ、古泉に代わって俺が一般人ではないってお墨付きをくれてやる。 「作戦は以上、質問はある?」 なあ朝倉。 「なあに?」 今更聞いても仕方のない事かもしれない、でも聞かないわけにはいかないよな。 何でお前は俺に協力してくれるんだ? 「何よ今更。でもまあ気持はわかるから教えてあげるね。私が貴方を手助けするのは、あくまで個人的な理由よ」 個人的な理由? 「そう、貴方に全く関係のない事ではないけれどね。今からする事は、貴方を殺そうとした事の罪滅ぼしだとでも考えていてほしいな?」 そう言って微笑んだ朝倉の姿が一瞬歪み、次の瞬間そこに居たのは。 朝倉より髪は短く、小柄で無表情な見覚えのある元文芸部の宇宙人。 なが……朝倉か。 「そう」 俺の言葉に朝倉は頷く。その声は聞きなれた宇宙人の声にしか聞こえなかった。 声まで長門そっくりなんだな 「でしょ?」 無表情だったその顔に、突然愛想がいい笑顔が浮かんだ瞬間確信した。中身はやっぱり朝倉だ。 「それじゃあ、今から貴方を涼宮さんの居る世界に送るわ。準備はいい?」 準備はいいが朝倉、眼鏡は外した方がいい。 「何それ、貴方の趣味?」 それもあるが、今の長門は眼鏡をしていないんだ。 「あ、そうなんだ。……これでいいわね。さ、目を閉じて。それと、私を呼ぶときはちゃんと長門って呼んでね?」 朝倉……長門の言葉が途切れるのに合わせたかのように俺の視界は前触れもなくブラックアウトし、体重を支えていたはずの床の感覚もなくなる。 それでいて落下するわけでもなく自分がどの向きを向いているのかもわからない時間を数秒体験したあと――最初に俺が感じたのは静かな風の音だった。 気がついた時、俺はやけに暗い場所に居た。 そこはどこまでも広がっているような果ての見えない暗い草原で、暗い空と草原以外は何も見えない。 ここはどこなのか? なんて考えても意味はないんだろうな。 現状を確認しようにも、俺の意識は確かにそこにあるというのに俺の体はそこにない、まるで夢の中の出来事みたいな感じだ。 見えている物にも、体が無いのに確かに感じる風にも何もかもに現実感が感じられない、何故だかわからないが俺はここに長く居てはいけない気がした。 「正解、あんまりこの世界に長居をすると普通の人間は精神が先に崩壊して廃人になってしまうから気をつけてね?」 朝倉、どこにいるんだ? 俺の思考に割り込むように聞こえてきた朝倉の声だったが、その姿はどこにも見えない。 「残念だけどその世界に私は行く事はできないの、涼宮さんが無意識で拒んでるからね。というよりも、貴方だけが許可されてるって言った方が正しいのかな」 じゃあハルヒはどこに居るんだ? 「涼宮さんは貴方の目の前に居るわよ。でも貴方がそれを見ようと思わなければ見えない、感じてみて?涼宮さんの事」 感じろったってどうすればいいんだ……。 いくら周りを見回しても、草原には何も無いようにしか俺には見えない。 「そこに居るって信じなければ見つけられないの、気づいてあげて?涼宮さんはずっと以前から貴方を待っていた。そのサインを貴方も知ってるはず」 俺が知っている……何のことだ? とにかく今は朝倉の言う通りにするしかないな。 ハルヒの事を考えて最初に思い出されたのは、入学式で俺の後ろで不機嫌な顔をしていたハルヒだった。 次に浮かんできたのは急に長かった髪の毛を切って登校してきたハルヒ。 ホームルーム前の時間を何気ない会話で、いつもつまらなそうだったハルヒ。 部活を作り出してから、急に笑顔が増えたハルヒ……。 次々と思いだされるハルヒの顔の中、俺は違和感を感じた。 親しくなって表情を増やしていく記憶の中のハルヒ中に、そこだけ急に不機嫌なハルヒがいる。 そのハルヒは何故か幼く、俺へ向ける視線には不信感が浮かんでいる。 あれは……あのハルヒは! 「私はここにいる」 どこからか、ハルヒの声が聞こえた気がした。 まるでその声に呼び寄せられるように、目の前にハルヒの姿が現れる。 何故か少し幼い感じのそのハルヒは北高校の制服ではなく私服を着ていて、じっと夜空を見上げていた。 つられて視線を上に向けると、そこには眩いほどの星空が広がっている。 「……誰か居るの?」 幼いハルヒが突然俺の方に顔を向ける。 姿は見えてないんじゃなかったのか? 俺は朝倉に聞いてみたつもりだったのだが。 「何、今の声。誰か居るの?出てきなさいよ」 そう言ってハルヒは辺りに誰か居ないか探し始めた。 どうやら俺の声は聞こえるが、姿は見えないらしいな。 いくら待っても朝倉は何も言ってこない。後は俺がなんとかするしかないか。 ハルヒ、お前なんでこんな所に居るんだ。 「え……何で私の名前を?もしかして宇宙人?」 少し違うが、まあそんな様な者だ。 俺の言葉に幼いハルヒの顔が急に笑顔になる。 「じゃあ未来人?それとも超能力者とか?まあなんだっていいわ、私に会いに来たのよね?そうなんでしょ?」 そうだ。「私はここに居る」ってお前のメッセージを見て俺はここに来たんだ。 「宇宙人語が読めるの?凄い、やっぱり居たんだ!」 俺にはお前が宇宙人語を書ける事の方が驚きだよ。ところで、お前はどうして俺に会いたかったんだ? 何か理由があったんだろ。 俺の言葉に、急にハルヒの笑顔が消えて悲しそうな表情が浮かぶ。 そのままじっと待っていると、ハルヒはゆっくりと呟きはじめた。 「とんでもない事をしちゃったのよ。あたしが信じてあげられなかったから大事な友達が消えちゃったのよ。全部、あたしのせいなの。 だから、本当に宇宙人が居るなら会ってみたかったの」 なるほどね。で、満足かい? 「そうね、もっと早く貴方に会えればこんな事にならなかったのに」 気が済んだならみんなの所へ戻ればいい。多分、お前が望めばそうなるはずだぞ? 「無理よ。……もうみんなには会えないし会えたとして誰にも許してなんてもらえない。勝手に巻き込んでおいて突き放して、しかも自分が好きな人だけ 独占したいから心から信じてあげられないなんて……本当、自分でも嫌になる」 そうかい。 「……なによ、そんな適当に。……どうせ他人事だもんね」 なあ、ハルヒ。 「何」 俺はな。お前を探して今も走り回ってる奴を一人知ってる。お前も知ってる奴だぞ。 「え?」 俺の知る限りそいつは不器用で特に取り柄もないただの高校生で、残念ながらお前が望んでる様な宇宙人でも未来人でも超能力者でもなく不思議とは縁遠い ただの一般人だ。でもな? ただお前に会いたいってだけで今も必死に探しまわってる。 「嘘……そんなの嘘よ、キョ……あいつはいつもあたしに振り回されて迷惑そうな顔してたもん!」 迷惑なだけだったら一緒になんか居ないさ。嘘なら嘘だと思ってもいい、それにまあお前が会いたくないと思えばそれっきりだろうさ。 でもな、例えお前が会いたくなくてもそいつは絶対にお前を見つけるまであきらめないぞ。例えお前に嫌われても、だ。 俺はお前にまだ言ってない事がいっぱいあるんだからな。 「え?」 ハルヒの目が大きく開かれる。 本当にそいつが好きなら告白でもなんでもすればいいさ、そいつもまんざらでもないかもしれないしな。 これからどうするかって答えはお前の胸にしかない、ここで一人残るって選択肢もあるかもしれない。でも俺はお前に戻ってきて欲しいんだ。 「駄目、これ以上は貴方がもたないわ。ごめんね?」 どこからか聞こえてきた朝倉の声と同時に俺の視界が少しずつ上昇していくのがわかる。 ええい、ハルヒを置いていけるかよ! 体なんてないが俺は必死にハルヒに向かって手を伸ばそうともがく。 その時俺の意識がある周囲が急に明るく光出し、真下に居たハルヒの体を明るく照らした。 戻ってこいよハルヒ、SOS団は不滅なんだろ? 光の中でハルヒが笑顔を浮かべて手を伸ばしてくる、実態が無かったはずの俺の手はその手を確かに掴んだ。 ハルヒ。……おいハルヒ! 机の上でつっぷしたまま眠り続ける団長さんの頭を、俺はわざと乱暴に揺らした。 そこにはあの俺好みなポニーテルは揺れていなかったんだが……。こうしてみると普段のこの髪形も可愛いもんだな。 窓の外は夕闇が近づいてきていて、部室の中は少し肌寒い。 数秒後、 「ふぇ……キョ、キョン?」 寝ぼけた声を出すハルヒの横を、長門がのんびりと通り過ぎていった。 その姿を見たハルヒは何も言えず目を見開いて固まってしまったが、長門はそれに気づかないふりをしたまま本棚へと歩いて行く。 いいぞ。ナイス演技だ朝倉。 長門の後姿を見つめながら心の中で俺は小さくガッツポーズをする。第一段階はクリアって所だな。 「え……有希? 消えちゃったんじゃ……」 消える? ……ハルヒ。お前、寝ぼけてるのか? 「え?え?」 混乱して俺と長門を交互に見比べているハルヒを無視して、長門は持っていた本を本棚へと戻して出口へと歩いて行った。 さあ、間違えるなよ? コンティニューはもう使ってしまったんだ。 長門、明日は9時に駅前だからな。休日だから間違って学校に来るなよ? ドアを開けた所で俺がそう呼びかけると、長門は振り向いて小さくうなずいて部室を出て行った。 扉が閉まる音と同時にハルヒが立ち上がる。 「明日が休日って……待って、ねえキョン。今日は何日で何曜日?」 今日か? ポケットから取り出した携帯に表示されているのは、金曜の文字と4日前の日付だ。 俺がやってる事は後で朝比奈さんに怒られる事なのかもしれないが、まあそれでもいいさ。 あの可愛らしい天使様にまた会えるんならそれくらいどうってことない。 顔いっぱいにクエスチョンマークを浮かべたハルヒを見ながら、俺は顔がにやけるのを止められなかった。 それは作戦が上手くいっているからってだけじゃない、またハルヒに会え……いや、やっぱり作戦が上手くいってるからだな。 まだ寝ぼけてるのか? ……まあいいか、なあハルヒ。実はお前に秘密にしてたんだが。 「な、なによ改まって。言ってみなさいよ聞いてあげるから」 まだどこか普段より大人しい雰囲気を残したハルヒだが、きっとこれには食いつく。そうでなければゲームオーバーだ。 俺はハルヒの両肩にそっと手をおいて、じっとハルヒの目を見つめた。 「ちょ……え、何? ……キョン?」 ハルヒの瞳の中で俺が大きくなり、そっとその瞼が閉じられようとしたその時。 実はな、朝倉がこっそりカナダから帰ってきてるらしい。 俺はそう呟いた。 ――刹那。 「なんですって!」 急に目を見開いたハルヒの手がすぐそばにあった俺のネクタイに伸び、途端に酸欠に襲われだした俺が笑顔だったのは何故だろうね? まだだ、まだ俺の出番は終わってない。 揺さぶられるまま俺は朝倉の台本通りのセリフを続ける。 しかも朝倉は、あのマンションの同じ部屋にまた住んでるらしいんだ。なのに北高には出てこない、何か変だと思わないか? 「キョン!そんな面白そうな情報を見つけたのに黙ってるなんて厳罰ものよ!」 言う事は物騒だが、ハルヒの言葉は楽しみで満ちていた。 おそらくこいつの頭の中では、誰も考え付かない様な展開が回りまわってるんだろうよ。 黙ってて悪かったよ、俺も古泉から聞いた時は信じてなかったんだが駅で偶然見ちまったんだ。間違いなく朝倉だったよ。 ――いい?涼宮さんが戻って来るまでに私は世界を4日前の状態に再構成しておくわ。そして私は、長門さんの姿で涼宮さんの前に現れる。貴方は涼宮さんを 誘導して「私と同じ方法」でみんなを復活させてあげてね。そうなるように私もフォローするから彼女の中の認識を変えて欲しいの。この意味、わかる?―― さて、世界を元に戻す魔法の言葉をハルヒに言わせないとな。 お前が寝てる間に明日はみんなで一緒に朝倉に会いに行こうって決めたんだが、それでよかったか? 俺の言葉にハルヒの顔が笑顔に綻ぶ。 「当たり前じゃない!SOS団創立時の謎がついに解き明かされるのね!あ~もう今から行きたい所だけどみんな帰っちゃったの?」 お前が起きないからだ。明日全員が集まれるように今日は早めに解散したんだよ。 「あんたにしては気がきいた行動ね。駅前に9時よね?い~い?絶対にきなさいよ!来なきゃ死刑だからね!」 「結局、この世界の朝比奈さんは何も知らないままだった様ですね」 その口調からすると、お前は全部覚えてるみたいだな。 家に戻った俺を待ち構えていたのは、営業スマイルを取り戻した超能力者だった。 いつもは小憎らしいその顔も、正直今は嬉しくて仕方がない。 「超能力者、ですから。……冗談です、協力者から全て聞いたんですよ。正直今でも信じられない程に驚いています。正に驚天動地ですね。 まさか数年先に起きると思っていた破滅が数日後に迫っていて、しかもただの人間にすぎない貴方が見事解決してしまうなんて。流石は涼宮さんが選んだ」 おい! お前今なんていった? 聞き逃せない単語を耳にして、俺は思わず古泉に詰め寄った。 「え、貴方が解決するとは驚いたと」 その前だ! 「貴方はただの人間に過ぎない」 そう、そこだ。俺はただの人間なんだな? 営業スマイルに不審げな表情を混ぜながら古泉は確かに頷いた。 「何をいまさら、以前も言いましたが貴方は普通の人間です。保証します」 ……この顔は嘘をついてるって感じじゃないな。って事はあの時の言葉はいったい……だめだわからん。何もかも無かった事になってるって事なのか? まあいいか。消去法で全部解明できるほど世の中簡単だったら、試験なんて余裕だよな。 夕食を終えて部屋に戻った時、まるで俺が部屋に戻るのを待っていたかのように携帯が鳴り始めた。 ディスプレイに映っている着信相手は……。 「ありがとう」 携帯越しに聞こえるその静かな声に、自然と笑みが浮かぶのを感じる。 それは間違いなく長門の声だった。 お前も全部覚えてるみたいだな。 「覚えている」 今回の事はあまりにも意味不明で、俺が完全に理解するには何年会っても足りないだろうな。だけどひとつだけ聞いておきたい事がある。 長門、やっぱりハルヒは明日SOS団を解散してしまうのか?みんなが消えてしまうのは避けられないのか? しばらくの沈黙の後。 「SOS団は解散されるかもしれない」 そっか。 やっぱり、これで全てが元通りってわけにはいかないか。 「ただ、現時点の涼宮ハルヒの力では時空改編や広範囲の情報操作は行えない」 なんだそりゃ? 「原因はわかっているが上手く言語化できない」 「ねえ誰からなの? あ、もしかしてキョン君? 代わって代わって!」 携帯電話越しに、何故か聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「大丈夫すぐに代わるから、そんなにすねないでよ? ……もしもし、キョン君?」 長門に代わって聞こえてきたその愛想のいい声は、何故か朝倉だった。 なんでお前が長門の部屋に居るんだ。 「現状の確認と明日の打ち合わせよ。私が長門さんのそばにいると心配?なんなら遊びに来てもいいわよ」 辞退させてもらう。 その組み合わせは長門の世界で十分に体験してきたからな。 「残念。長門さんが代わって欲しそうだから簡単に伝えるね?」 ああ。 しかし長門が電話を代わって欲しそうにしているってのはどうも想像できないな。 「私が見てきた中でも今の涼宮さんの力はとても小さな物なの。今回みたいな大規模な情報の改竄ができたなんて信じられないくらいにね。だから何か起きても 私と長門さんでフォローしてあげるからキョン君は心配しなくていいよ。あ、ごめん。私はキョン君って呼んじゃいけないんだったよね?」 いや、好きに呼んでくれていいさ。 俺だってお前にはそれなりに恩は感じているつもりだ。 「長門さんが凄い睨んでるからもう代わるね? ……はい、そんなに怒らないでよ? ごめんごめん」 長門が……睨むだと?駄目だ、やっぱり想像できない。 数十秒後。 「……もしもし」 聞こえてきた長門の声が、携帯越しのせいかいつもより僅かに低い気がした。 長門か、大体の話はわかった。 「そう」 何故だろう、呟くだけのその返事がやけに冷たく感じる。 長門。朝倉が居たら話しにくい事もあるだろうし、今度遊びに行ってもいいか? 再び数十秒の沈黙の後。 「待ってる」 そう聞こえてきた長門の声は、携帯越しのせいかいつもより暖かい気がした。 長門との電話が終わった後、朝比奈さんに今回の事を伝えるべきかどうか迷ったが、結局俺は電話しない事にした。 これ以上、あの人に悩みごとを増やすようなまねはしたくない。 ただでさえハルヒに一番振り回されてるんだから、楽をさせてあげられれる所はそうさせてあげないとな。 と、思っていたのだが。 うおわ! 「きゃ! ごめんなさい?」 深夜の部屋の中、眠っていた俺の腹部に突然何かが降ってきた。 目を覚ました俺が見たものを、罰の悪そうな顔で見つめる眼差しと、口に触れるひんやりと冷たいその手の感触。 そして僅かに香る覚えのある大人の女性の匂い。 「……急に押しかけてごめんなさい。どうしてもすぐに貴方に会いたかったんだけど、中々チャンスが無くって」 驚く俺の目の前に居たのは、照れ笑いを浮かべる朝比奈さん(大)だった。 いや、だからといって深夜に男の部屋へ忍び込むのはどうかと……ってそれはとりあえずいいとして。何かあったんですか? 「はい。キョン君にお礼をしに来ました」 お礼? 「ええ」 って事は、貴女は今回の事を覚えているんですか? 俺は朝比奈さんに今回の事を話すつもりはないんだが、どうやって知る事になるんだろう?やっぱり禁則事項だよな、これ。 「私の存在が一度は消えてしまい。そしてキョン君のおかげで元に戻れた事も全部覚えています」 とは言っても、全部朝倉のおかげで俺は何もしてないんですけどね。 「そんな事ありません、私や長門さんや古泉君が今この世界に居られるのは間違いなく貴方のおかげなんです。誰もそれを覚えていなくても、 私が覚えていますから」 真剣な顔で近寄って来る朝比奈さんから逃れようにも、ベットの上で体を起しただけの俺はすぐに壁際に追い込まれた。 あの、その。そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、そんなに近寄られると色々大変なんです。 部屋が薄暗くてよかったぜ、色々な意味で。 「あ、ご、ごめんなさい。それで、今回の事であなたに何かお礼がしたいんです。上官の許可も出ているので、あまり時間はありませんが 時間の流れに大きく関わらない事ならある程度の事はしてあげられます」 あの、その言葉をどう取ればいいんでしょうか? これが夢だと言われたらすぐに納得してしまいそうな展開に、俺は無意味に喉が渇いていた。 前にも気付かれないなら頬にキスしてもいいとか言っちゃってる人だからなぁ、二人っきりの時に貴女にそんな事を言われると妄想が止まらないんですが…… あ、そうだ。 こんなタイミングじゃなければ一生はぐらかされそうな質問があったじゃないか。 じゃあ、朝比奈さんお願いです。 「はい、何でしょう」 貴女の本当の年齢を教えてください。 俺の言葉に、朝比奈さんは見ていて微笑ましくなるほどに動揺していた。 それって、そんなに秘密にしなきゃいけない事なんですか? 「えー! ……うう。ぜ、絶対、絶対に内緒ですよ?」 そう言って、当たり前だが部屋には俺と朝比奈さんしか居ないのに彼女は俺の耳元に口を寄せて来た。 ……ってぇ! あなたそんな短期間でそんなお姿になってしまうんですか?! 翌日の朝、俺は昨日ハルヒに伝えた時間に丁度間に合う様に家を出た。 それはつまり、 「遅い! 罰金!」 こうなるよな。まあ予定調和ってやつだ。 大声で宣言するハルヒはいつもの全力スマイルで、隣に立つ朝比奈さんは困った笑顔。 古泉は古泉で営業スマイルだし、無表情に見える長門にも楽しそうな気配を感じ取れなくもない気がしなくもない。 どこまでもいつものSOS団、そしてどこまでもいつもの休日の光景。 ハルヒ、やっぱりお前に泣き顔は似合わないぜ。 そこにはもう、泣きながら叫んでいたハルヒの姿はなかった。 「キョン、あんた人の顔を見て何にやついてるのよ」 別に。いつも通りだから、じゃ駄目か? 「何よそれ? ああもうキョンにかまってたんじゃ時間がもったいないし罰金は後でいいわ、さあみんな準備はいい? 今から朝倉涼子を捕獲しに行くわよ!」 結局、俺が神様みたいな存在なのかハルヒが神様みたいな存在なのかはわからないままだ。 だがまあそれでもいいさ、俺達のどちらかが神様みたいな存在だったら、もう一人はそれを見守ってればいい。 そうすれば、いつまでも一緒に居られるだろ? な、ハルヒ。 涼宮ハルヒの誰時 終わり